先日、 墓じまい をしました。 先祖…といっても、明治時代からの墓なので、代々とまではいかないですが。 お寺さんの永代供養の墓に移し、墓石を撤去。 父親には申し訳ないとも思いましたが、地方に移された墓なので、毎度、東京から墓参りに通い続けるのも難しいと考えた末の結論でした。 もともとは都内にあった墓を、両親は何故か東北の某地に移してしまったのがそもそもの間違いだったのではないかと思います。 20世紀末、私の両親が母親の実家がある東北の地に引っ越したのをきっかけに都内にあった墓を移したのですが、恐らく、子どもの私たちが参ることは考えず、両親が毎年墓参りをするのに不便だったから、そうしたんじゃないかと考えます。父が亡くなっているので、真相は不明ですが…。 正直な話、東北に住む気が全くない私たち兄弟にとっては迷惑な決断だったと思います。わざわざ墓を作って壊すだけのために数百万円を費やしたことになります。まぁ、それが父親の意志ならば、それはそれで満足なお金の使い方だったのでしょう。 墓じまいによって、ある意味、我が家の歴史が途絶えた気がしないでもない…そこはかとなく寂しい気がします。 たられば…の話ですが、墓が都内にあったままなら、墓じまいはしないで済んだのだと思います。何故なら、私がそのまま引き継げるからです。 亡くなった父親の意志は不明です。何で、わざわざ移すことを考えたんだろう…。流れを墓じまいに持って行くため?その割にはカネと労力を使い過ぎた感があります。 お盆の入りに、父親が葬られた永代供養の墓参りをして、ふと考えてしまいました。