1953年1月8日発行の中国共産党機関紙『人民日報』に、尖閣諸島が琉球諸島(沖縄)の一部であると明確に記述した記事が存在します。
これは歴史的事実として確認されており、日本政府(外務省)も中国側の当時の認識を示す重要な証拠として公式に引用しています。
記事の詳細および具体的な記述は以下の通りです。
記事の詳細
掲載日: 1953年(昭和28年)1月8日
掲載紙: 人民日報(中国共産党中央委員会の機関紙)
記事タイトル: 「琉球諸島における人々の米国占領反対の戦い」(中国語原題:琉球群岛人民反对美国占领的斗争)
該当箇所の抜粋(外務省の仮訳)
記事の冒頭部分において、琉球諸島の地理的な構成を説明する中で、尖閣諸島がその一部として列挙されています。
「琉球諸島は、我が国(注:中国)の台湾東北部及び日本の九州南西部の間の海上に散在しており、尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、大島諸島、トカラ諸島、大隅諸島の7組の島嶼からなる。(後略)」
この記事の歴史的意義
中国や台湾が尖閣諸島に対する独自の領有権主張を始めたのは、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の調査により東シナ海大陸棚に石油資源埋蔵の可能性が指摘された後の1970年代以降です。
この記事は、それ以前の1950年代の時点では、中国政府が「尖閣諸島」という日本側の名称を用いており、なおかつ同諸島を日本の琉球諸島を構成する一部として客観的に認識していたことを示す決定的な資料の一つとされています。
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